1999年 12月 「」にて掲載

まぶしい光の中で

私の初めてのクリスマスの記憶は、朝のまぶしい光の中に積み木セットが輝いていたこと、そして誰よりも早くそれをみつけてこう叫んだことです。「ねえママ、雪が無いのにサンタさんはどうやってソリに乗って来たの?」思い起こしてみると、幼い頃から私の周りには、いろいろなクリスマスがありました。そして、そこには必ず、プレゼントと笑顔がありました。

今から六年ほど前、五歳になった娘が言いました。「おかあしゃん、クリスマスって神さまがイエスさまをぶれぜんとしてくださったんでしょう? なのにその上、サンタさんからもぶれぜんとを貰うって悪いねえ、貰いすぎだねえ」。

心優しい娘はその年、光栄にもページェントでマリア役に当たりました。しかし、ヨセフ役はなぜか、二周りも年の差のある柔道青年でした。本番、イエスさま人形を抱いて、思わず涙がポロリとこぽれた訳は、彼女だけのひみつです。

長男はといえば、十歳のクリスマスプレゼントに、「もう一人弟か妹がほしい」と申します。「それはちょっと、サンタさんより神さまにお願いしてみないとねえ……」と夫婦で苦笑しておりました。ところが翌年、何ということでしょう、クリスマスチャリティコンサートの舞台に立ったたぬきばら時、真に私は九か月の狸腹ではありませんか! 神さまは、ちゃんと一年先のクリスマスに、息子にプレゼントを用意してくださったのです。

あの衣裳を着ると

その、コンサートに纏わるエピソードですが、かつて声楽家志望だった夫は、その恰幅の良さを生かし、サンタクロースに扮して『讃美歌』一一一番を熱唱いたしました。ところがその衣裳、日本人サイズがぴちぴちです。あわてて外国人サイズを取り寄せ、、これなら余裕、と着てみれば、なんとベルトが足りない始末。これには本人も、少々ショックを隠せませんでした。

それにしてもあの赤い服と白い髭は、何か不思議な力があるのでしょうか。それを着た人物を、たちまち穏やかで愛に満ちた人格へと変えてしまうのです。どちらかというと、早口で短気だった夫が」一瞬にして歩調も話し方も大らかに大変身したではありませんか。

しかもそれを脱ぎたくなくて、コンサートが終わってもまだ衣裳を着たまま、なんと街へ繰り出し、道行くカップルに「キヤーサンタさあん!」と囲まれ写真を撮られる大人気。これを機会に夫は毎年この  ヽ   ヽ人物に成り切る決意を固めたのでありました。

もう一つ、このような考えを裏付ける出来事がありました。ある、子どものためのクリスマスイベントに歌いに行った時のことです。その日勤めるはずのサンタクロースに急用が出来てしまいました。主催者は止むを得ず、たまたま居合わせた一人の男性を掴まえて、無理矢理衣裳を着せました。すると彼は、まるで打ち合わせが無いとは思えないほどの見事なサンタを演じ切ったのです」

しかも彼は興味深い言葉を残しました。「僕は今まで自分の子どもすら抱いたことも無かったのに、なぜ今日はこんなに愛せたのだろうか。人生観が変わった気がします」。…こんな不思議なプレゼントもあったのです。

賛美する心を与えられて

こうしてみると、押さまは実に最初のクリスマスから今に至るまで、形を変えてわれわれが想像も出来ないさまざまなプレゼントをいつも用意してくださっています。そして、それはクリスマスという特別な日だけではなく毎日の生活の中で、それを必要とする人の心に与え続けてくださるのです。

こんな素晴らしい押さまが、この小さな私にも「賛美する心」を与えてくださいました。「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」。このみ言葉を私の証しとして、今年のクリスマスも心から感謝をこめて、神さまを賛美させていただきたいと思っています。

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